千葉県野田市関宿地区は「県内有数の酪農地帯」だった。。

2021年4月4日:情報(ニュース)

ZZ風(OPですね)に言うと「しょうゆじゃない!しょうゆじゃない!本当のことさ」なんです。
うっせえわ風に言うと「うっせえうっせえうっせえわ あなたが思うより酪農です」なんです。

上記は遊びなので、本題に入りましょう。(ネタの歌詞に15分以上割きました。)
全然ディスってません。土下座記者会見になっちゃう!

酪農といいますと、牧場のイメージがありますね。
野田市関宿地区(旧関宿町)では、県内有数の酪農地帯ということだそうです。
昨今は後継者不足の悩みから酪農家も減少の一歩をたどっているのも現実です。人口や町の過疎が関宿地区は進んでるのも事実であり、関宿?関宿城だけじゃね?ということも多いんです。

そこで、のだしねっと中の人は野田市関宿地区にある「知久牧場」に行き写真撮影をしてきました。

待ってくれ!関宿が酪農?

いくら野田市に住んでいる人でも、中々馴染みもないのが、酪農家が多いという点です。
それも関宿地区に多いという点です。これは中々馴染みがない人が多いかもしれません。

2021年4月で21か所もの牧場

千葉県野田市関宿地区だけでも、牧場の数は21か所あるというのは、初めて聞いた時は驚きました。
さらに最盛期では100軒もの数があったというのは、さらに驚きます。
我々の生活は牛乳と密接な関係でありますね。関宿地区だけで20軒でも驚きますが、最盛期では数倍あったのは驚きます。

ポツダム宣言受諾で終戦に導いた、鈴木貫太郎氏(海軍大将で連合艦隊司令長官等海軍要職も務めて、侍従長で二・二六事件で撃たれた方)が、昭和21年に酪農組合結成を指導したりと、振興に寄与したお話がありますね。

そもそも関宿地区の面積って、そんな広いの?

酪農家がそれだけいれば、面積が大きいのか?という点です。
旧関宿地区は29.82km2という大きさです。そのように言われてもわからない人にわかりやすい例を出すと下記の通りになります。

  • 東京23区で例えると、東京都板橋区32.22km2
  • 野田市隣接市町村で例えると、埼玉県杉戸市30.03km2
  • 野田市に合併される前の旧野田市より面積は小さいです。

そこまで広い地区ではありません。野田市の地図でみれば大きく感じますが、このように比較していくと大きくはないんです。
そこにひしめき合っているのは、関宿町時代から盛んであったという証拠ではないでしょうか。

早速知久牧場の写真を出していきましょう。

お肉にするという話はないために、基本的に牧草を食べております。
そして、メスしか乳牛になれませんのでオスが生まれた場合と聞くと、ここからはわかる方がいると思いますが、オスよりメスがもちろん乳牛となれば多くなります。(取引とか色々あるいみたいです。しかし、科学が進んでいるのも事実です。)

フードロス問題にも貢献してる

人類は罪深いというのは、よく言われておりますが、そのためにどうしても食べられるのだけど、これだけはというものがあります。
この知久牧場で説明された時は、酒粕(お酒が好きな人は野田はお酒作ってますね!)やもやしの芽から出た葉を粉末にしたものを出したりと、フードロス問題にも最近の酪農は考えられているようです。

尚、牛によってもちろん好みはあるようです。

牛以外にもいる?

羊もいたり、牧場猫もいたりと多彩な牧場でもありました。
他にもミツバチ(養蜂)、とか賑やか牧場です。

ってか関宿でできたのは飲めないの?食べれないの?

朝は5時に出したりと、大変なお仕事とも感じてしまいます。

我々、一般市民から見れば。
「どこで入手できるの?」「食べれるの?」 これが一番気になるところです。

生乳を運んでジェラート!

JAちば東葛の「大地 daichi(Twitter)」さんでジェラートになるようです。

乳製品について

  • ゆめあぐり野田
  • 農産物直売所 あびこん
  • 農産物直売所 ふなっこ畑
  • 道の駅さかい

あとは市内のパティスリーロンさん、ドルチェフェリーチェさんやMeet Up under The treeさんで素材の提供もしているので、野田市内でもスーパーでは入手できませんが、このような形で入手できるというお話も聞いています。
パティスリーロンさんは「ジャージープリン」、「クリームチーズのスフレ」等になって提供されているとのこと。

チーズ工房になる話もあったような…

メグミルクの工場あったね。

雪印メグミルク 野田工場に供給されてる話もあるので、間接的に飲んでるかもしれません。

工場それぞれに供給されている牛乳は、その地域産なのですか?(野田工場)

さいごに。野田市は醤油でも…

少子高齢化で人口流出。さらに後継者不足。色々課題もありますが、野田市の関宿が酪農で盛んである地区というのは、野田市は醤油というイメージが強く、強くあります。 しかし、平成の大合併で合併した関宿町は野田市(旧野田町)から見て行っても、時代背景すら違う町を取り込んだ形になっております。

江戸時代は関宿城があり、関宿藩も置かれておりました。幕府からも譜代大名が城主に充てられたために重要拠点でした。
逆に野田市(旧野田市)は醤油生産をしていたので、時代背景がことなります。

個人的には歴史や戦史オタクな面を見ると、鈴木貫太郎のイメージしかないのが現実です。

2003年に関宿町はなくなり、野田市関宿地区になりました。
このような取り上げをした理由は、野田市が平成の大合併で生まれた子が今何歳かとなります。今年18歳と大学生の有無や高校3年生の領域です。JKとかJDなんですよ。
関宿町時代を知らない…となれば、野田市は醤油という印象がどうしても強くなります。(いくら地元の観光協会が描いていてもね。)
そういう層にも知ってもらいたい&関宿町出身者の一部では「関宿地区」としての特色を知ってほしい面もあるようです。

野田市色が強くても、このような畜産業がまだまだ色濃く残っている地域。
大切にしていきたいですね。

他の情報(過去に投稿した記事)

PAGE TOP